居心地のいい「表現の場所」を求めて
子どもの頃から居心地のいい場所を求めて生きてきました。
私にとっての居心地のいい場所、それは《心の自由》の在る場所です。
・夢を奪われない場所
・価値観を奪われない場所
・心を奪われない場所
そんな心の自由の在る場所がいつか手に入ると、幼い頃からずっとずっと夢見てきたのです!
生まれて初めて私が手にした「心の自由の在る場所」、それは北海道でした。
都内の大学の全てに落ちて、なぜか、北海道に教養課程を置く一つの大学だけに合格したのです。
私から自由の全てを、それこそ必死の形相で奪い続けてきた母親から、初めて物理的に離れるチャンスが訪れました。(母にとってはそれが愛だったのですが)
当時19歳。
北海道で一人暮らしのために借りたアパートは4階でした。
窓から景色を眺めていたある日、そこには今まで見たこともない広大な空があることに気づきました。
アパートから国道を隔てた前にはガソリンスタンドや飲食店も並んでいるのですが、少し視線をずらしただけで、そこには永遠に続くかと思われる青い青い空がありました。
その鮮やかな青空に、白い雲が悠々と流れていきます。
時間はこんなにゆっくりと流れるものだ、こんなにたっぷりとあるんだと、私に教えるかのようでした。
そのとき、突然心の中で、ゴーッと全てを押し流すような川の流れを感じ、何かが、一気に浄化されていくのがわかりました。
黒々としたわだかまりが消え、窓から離れたときにはすっかり生まれ変わったようでした。
これが初めての「統合」体験だったのだと振り返って思います。
私の居心地のいい場所の必須条件が「広大な空」になったのも、このときの北海道との運命的な出会いが関係しています。
愉しく生き生きとした魂を保ち得るには「場所」の力がとてつもなく大きい。
そのことを人生の若年期に知ることができたのは本当に幸いなことだでした。
だから今でも、居心地のいい場所を探して彷徨うことには労力を惜しみません(笑)。
私が一番私らしくいられる場所は・・・といつも自分に問いかけています。
昨年、フェイスブックとアメブロをほぼ同時期にやめたのも、居心地が悪いことを正直に受け入れたからでした。
お世話になった方や講座の受講生ともつながっており、断腸の思いでしたが、デザインや関わり方など修正を重ねても追いつかないくらい、私の内面と合わないものになっていたのです。
だからといって、自分がどこへ向かおうとしているのかはさっぱりわかりませんでした。
しかし、その行先が、つい先日、インスタグラムをはじめたことでやっとわかったのです!
私の求めた「表現する場所」は、ホームページとブログが美しく一体化しているサイト。
いろいろな発信媒体を調和をもって集約できる場所、だったのです。
それに気づくと、そうか!それならアメブロはやめる必要がなかったなと思いました。
フェイスブックもアメーバオウンドの傘下に入るような活用の仕方なら居心地よく使えたかもしれません。
不安になるとやってくる「二者択一の罠」に転がり落ちていたことにも気づけました。
・ブログかフェイスブックか。
・アメブロかアメーバオウンドか。
・ワードプレスかアメーバオウンドか、もあったな(笑)
こんな「二者択一の罠」に振り回されて辛かったけど、その紆余曲折のおかげで、インスタをはじめてすぐに、パッと「統合」できました♬
フェイスブックは消えてしまったけど、アメブロはしっかり残っているので、今後はオウンドブログとの同時投稿(まさに統合)でしっかりと両者を育てていきたいと思っています。
インスタはある意味《私を救ってくれたもの》なので、私にとっての「特別な場所」になるかもしれません^^
※使命=自分を救ってくれたものを使って過去の自分のような人を救済する
当面は、
・ブログ=求められるもの(講座・執筆など仕事につながるもの=有償)
・インスタ=好きなこと(趣味=無償)
と住み分けしてみようと思ってます。
今、有償と無償について、特に「無償」の価値や豊かさについて、それが仕事(有償)にどのような恩恵を与えているかについて探求しています。
この部分はまた別の機会に。
というわけで、6か月の放置にもかかわらず、アメブロに早速いいね!、フェイスブックシェア、リブログしてくださった皆様、そして読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!
統合のうれしさと相まって大変感激しております!
これからもよろしくお願いいたします♥
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